十五話 氷晶雲の幻影とケットの悩みの種(後編1)

 おとうふ山の奥深くにある剣谷は ・・・

何事もなかったように、シ~ンと静まり返り

渓谷を流れる水音だけが響いています。

 

 

 誰もいないと思っていた渓谷の鋭い岩場から ・・・

一つの影が現れました。

 

「今のは、何なんだ ・・・?」

 

 現れたのは、北風大王の子分のスッキー魔です。

火炎魔大王の使い魔ピッピに呼ばれて、北の国から

闇の国にある魔湖を、冷やしに来ていたのです。

 

 

 

「もう! 人使いが荒いんだからーっ!」

 

 

 ユラ ユラユラ  ユラ ユラユラ 

空間が、揺れます。

 

 ユラ ユラユラ  ユラ ユラユラ

空気が、渦を巻き始めます。

 

 ユラ ユラユラ  ユラ ユラユラ

剣谷の奥にある闇の扉が、開き始めました。

 

 ユラ ユラユラ  ユラ ユラユラ

現れたのは、スッキー魔です。

「クタクタだよ~!」

 

 何千度もある魔湖を冷やし疲れて、文句を言いながら ・・・

 

「あ~あ~っ! お腹すいた。 早く帰ろう~っと!」

 

 

 剣谷から飛び立ち、おとうふ山を旋回し ・・・

帰路につこうとスピードを上げようとした瞬間 ・・・

 

 

「やめて~っ!」

甲高い声が、聞こえて来ました。

 

 声の方を見ると ・・・

くるくる回っている金の光を、たくさんの闇の国の妖魔達が

囲んでいるのが目に入りました。

 

「何をしているんだ ・・・?」

不思議に思っていると ・・・

 

 

「だめ~っ! 温めないで!」

また、耳を突き刺すような悲鳴が聞こえて来ました。

 

 そして ・・・

今までに感じた事のない魔法の風が、 肌を通り過ぎるのを感じます。

 

「何だ?」

スッキー魔は、不思議な感覚にとらわれ驚いていると ・・・

今度は、今までに見た事がない姿をした者達が現れました。

 

「おーっ!」

スッキー魔は、目を大きく見開き驚きながらも、様子を伺います。

 どうやら ・・・

その者達は、火を消そうと必死になっている様子です。

でも、なかなか火は消えそうもありません。

 スッキー魔は、大きく息を吸うと ・・・

 

「ふう~っ!」

 

 思いっきり、冷たい息を吹き掛けました。

たちまち火が消え ・・・ 代わりに

シューッ! と、黒煙が上がり

辺り一面、煙に包まれてしまいました。

 

 ゴホ ゴホ  ゴホ ゴホ

みんな大騒ぎ!

 

 ゴホ ゴホ  ゴホ ゴホ

消した本人も煙にまかれ、苦しそうに煙から逃れます。

 

「うわーっ! 真っ黒だーっ! 目が痛ーっ!」

 

 涙を流して、目をパチパチさせていると ・・・

今度は、目を覆うばかりの金の光が、辺り一面に光り輝きました。

 

「何だーっ!」

突然の黄金の輝きに、瞼を閉じる暇もなく ・・・

目の前が真っ白で何も見えません。

 

 そうこうしているうちに ・・・ 今度は ・・・

 

「追い掛けろー!」

「待てーっ!」

 

 ものさし爺さんや妖魔達の、大きな叫び声が聞えます。

すると、目の前を金の光が通り過ぎて行きました。

 

「おーっと! びっくり!」

スッキー魔は、のけぞって避けなが光の方を見ます。

 

「捕まえて~」

また、甲高い声が叫んでいます。

スッキー魔は、すかさず金の光を追いかけます。

 

「だめーっ! 捕まえては ・・・」

また、別の声が聞こえます。

 

「はあ~っ? どっちなんだ!」

迷いながらも、スッキー魔は金の光を追いかけて行きました。 

 金の光は、凄い速さで飛んで行きます。

 

「何だ? あれは? 速え~っ!」

スッキー魔も、かなり速いスピードで追いかけているのに

なかなか追いつけません。

すると ・・・

 

「あっ! ケット!」

籠の鳥のケットが、大きな翼を広げて

おとうふ山の上空を旋回しているのが目に入りました。

 

「どけーっ! 危ない!」

と、叫ぶと同時に光と衝突して ・・・

ケットは、光と共に剣谷へ落ちて行きました。

 

 スッキー魔は、ぼうっと して上空を見上げます。

小さくなって行く金の輝きを見て ・・・

 

「あっ!いけない。 見失っちまう!」

と、言いながら慌てて飛んで行きました。

 

 

 そして ・・・剣谷は ・・・

又、静かになりました。

 

 

 しかし ・・・

今の様子を見ていたのは ・・・

スッキー魔だけでは、有りませんでした。

光の国の声の妖精ボイスも ・・・

少し離れた空間から、じーっと成り行きをうかがっていました。

 そして ・・・ 

ボイスも、慌てて後を追って行きました。

 黄金の光に包まれた、籠の鳥のケットは ・・・

自分の意志とは関係なく、今までに味わった事のない程のスピードで大空を飛んでいます。

 

 

 コキ コキ  コキ コキ

「あっ!ララットがいる。」

と、思った瞬間 ・・・

人力飛行機のララットは、遥か彼方の後ろの方を飛んでいます。

 

 

 ブーン ブーン  ブーン ブー

「リコップ ・・・! ・・・」

と、声を掛けようとしたら ・・・

ヘリコプターのリコップは、どこにも居ません。

「あれ?」

と、思っているとリコップも、ずーっと後ろを飛んでいます。

 

 

 ゴーッ ゴゴーッ  ゴーッ ゴゴーッ

超高速で飛んでいるジェット飛行機のコードルも ・・・

あっという間に抜き去り、

自分より速い者がいるのかと、驚いた顔をしています。 

 

 

 そして ・・・

今度は、グングン上昇して行きます。

 

「まさか? お~い! 待て待て、それは無理だぞーっ!」

ケットは、大声で叫びます。

 

 ビューン ビューン  ビューン ビューン

遠くに見えていたアーロンが、近づいて来ます。

 トン トン  トン トン

リズムのいい音が響きます。

 

 トン トン  トン トン

指ぬき父さんが、お裁縫箱の屋根の修理をしています。

 

 トン トン  トン トン

「う~ん?」

何かに気づいて、空を見上げます。

 

 トン トン  トン トン

「おーっ!」

びっくりして、慌てて針山母さんを呼びます。

 

 

「母さん! 母さん! 大変だーっ」

指ぬき父さんの大きな声に ・・・

針山母さんは慌てて、お裁縫箱の家の中から飛び出して来ました。

 

 

「どうしたの? まあっ!」

空を見上げて、びっくり!

晴天の青空に、金色に輝いている光が上昇して行くのです。

 

「綺麗! すごいわーっ!]

口を開けて感動していると ・・・

 

「あら ? あれ ?? 流星や隕石は ・・・?

 上から下に落ちてくるんじゃなかったっけ ・・・?」 

悩んでいると ・・・

みるみる内に、晴天だった青空が曇り、

黒い靄に包まれ始めました。

 

「何 ・・・? 雨が降るの? 晴天だったのに ・・・?」

不思議に思っていると ・・・

 

 コトン コトン コトコト コットン

「うわーっ!」

突然、霰(あられ)が降って来ました。

 

 ゴトン ゴトン ゴトゴト ゴットン

大粒の雹(ひょう)まで落ちて来ました。

 

 針山母さんは、大慌てで干してあった洗濯物を抱えて家の中に飛び込みました。

しかし ・・・

 

 コーン!

穴の開いた屋根から、雹が落ちて来ました。

「痛たたたーっ」

針山母さんは、頭を抱えます。

「もう! 変なお天気!」

 

「せっかく屋根を直したのに ・・・台無しだーっ」

屋根の上で、指ぬき父さんも頭を抱えます。

 

 金色に輝いたケットが ・・・

ぐんぐん上昇して行くのを見て、声の妖精ボイスは慌てます。

 

「まだ、無理だーっ!」

色々な体験をしているボイスは、心配します。

 

「金の殻を脱いだ皇子は、無防備だ!

  危険過ぎる。 まだ、完全に変身していない!」

 

 光の国の声の妖精は ・・・

光の卵から産まれてすぐに、光の国を離れます。

そして、自分の体験した事を光の国に伝える事が仕事です。

 しかし ・・・

声の妖精は、状況を分析して判断するだけで、行動を起こす事はありません。

出来ないのです。

 

 

「このままでは、ケットの体が持たない」

悩んでいると ・・・

 

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

上空に黒い靄が、立ち込め始めました。

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

ボイスは、慌てます。

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

「まさか ・・・? もう ・・・?」

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

ボイスは、決心をすると ・・・

 

 

「スッキー魔! ケットを止めろーっ!」

大きな声で、叫びました。

 

 スッキー魔は、光を見失わないように

大急ぎで、ケットを追いかけていました。

 すると ・・・

頭の中で声が聞こえます。

 

 

「スッキー魔! ケットを止めろーっ!」

突然響いた大声に、びっくり!

 

「うわーっ! 誰だーっ!」

辺りをキョロキョロします。

しかし、誰も居ません。

 

「早く、止めろーっ!」

また、声がします。

どうやら、直接頭の中に話しかけて来ているようです。

 

「誰なんだーっ! 勝手な事言うなよーっ!」

スッキー魔は、頭の中の声に文句を言います。

 

「後で説明する。 早く止めろ!」

頭の中の声は、冷静です。

 

「はあ~っ?

 止めろって言ったって、どうすりゃいいんだーっ!」 

頭の中の声に、怒鳴ります。

 

「冷やせ! 大気を冷やすんだ!」

 

「冷やせ~? もー、またかい!」

 

 スッキー魔は、何千度もある魔湖を丁度いい湯加減にして来たばかりなのです。

 

「もー、どいつもこいつも、人使いが荒いんだからーっ!」

ぶつぶつ言いながも ・・・

大きく息を吸い込んで、急いで大気を冷やし始めました。

 

 

十六話 氷晶雲の幻影とケットの悩みの種(後編2)へ ・・・

                                続く ・・・