十一話 糸一族と躾糸婆さん

 おとうふ山の麓で平和に暮らす履物一族に ・・・

ひっくり返るような、大騒動の知らせが届いたのは ・・・

忙しい合間の、お茶時のことでした。

 

 

 バタ バタ  バタ バタ

大きな足音が、聞こえて来ました。

 バタ バタ  バタ バタ

「大変だー!」

 バタ バタ  バタ バタ

すごい勢いで、走って来ます。

 バタ バタ  バタ バタ

刃物一族のまさかり頭領です。

 

 

 

 

 

 ハアー ハアー  ハアー ハアー

「た ・・・ た ・・・ 大変 ・・・ だー ・・・」

 ハアー ハアー  ハアー ハアー

息が上がって、言葉になりません。

 ハアー ハアー  ハアー ハアー

「み ・・・ み ・・・水 ・・・水をくれ~ ・・・」

 ハアー ハアー  ハアー ハアー

「まさかり頭領。 どうしたの ・・・?そんなに慌てて・・・」

 

 

 履物一族のぽっくり姉さんが、嬉しそうに ・・・

ポコポコ走って、お水を持って来ました。

「まあっ! 頭領。 どうしたの? そのおでこ ・・・?」

頭領の広~いおでこに ・・・

大きな大きな、たんこぶが出来ていたのです。

 

 頭領は、一気に水を飲み干すと ・・・

腫れ上がった、おでこを恥ずかしそうに撫でながら 

「大変なんだー!」

 と、息も絶え絶えに言います。

すると ・・・

 

 

「大変だけじゃあ ・・・訳が分からんぞ、頭領!」

履物一族の長老の右座衛門の声が聞こえます。

 

「まあ ・・・ ゆっくり説明して貰おうかの ・・・ ホッホッホッ」

頭領の大きなたんこぶを見て ・・・

今度は、佐座衛門の笑みを含んだ声がします。

 

 

 履物一族の長老の右座衛門と佐座衛門は、双子の草履です。

長~い間、一族を束ねて来ました。

しかし ・・・

かなり高齢になって来たので、最近は代を若い草履達に譲り、

隠居生活を送っているところです。

 

 

「相変わらず ・・・ 騒がしい男じゃねえ ・・・」

どこかで聞いた事のある声も聞こえて来ました。

 

 

 糸一族の躾糸婆さんです。

右座衛門と佐座衛門は、躾糸婆さんの足として ・・・

長い時を一緒に過ごして来ました。

今日も一緒に、お茶を飲みながら昔話に花を咲かせている所でした

 

 

  糸一族は、おとうふ山の麓の広大な土地に綿を栽培し、蚕を飼育するために必要な桑の木を育てています。

 夏には白や黄色、紫色の綿の花々が咲き、おとうふ山の麓を彩ります。

 秋には果実が熟し、黄褐色の綿ん子が勢いよく飛び出し元気良く走り回ります。

 

  そして ・・・

麓には、多くの腕の良い職人達が集まり、糸一族を支えています。

美しい色々な色の絹糸や、木綿糸を作り出しているのです。

 糸一族の中で、躾糸婆さんは一番の長老です。

躾糸婆さんは、若い頃から躾に厳しく少しの歪みも許しません。

まさかり頭領は、ちょっと苦手のタイプです。

ミロロ達も、小さい頃から糸一族の御曹司カタンの家に遊びに行くと、よく叱られました。

 

 

 

「草履は、揃えてから上がりなさ~い!」

と、玄関で叱られ ・・・

「廊下は、静かに歩きなさ~い!」

と、また叱られ ・・・

「座布団に座る前に、挨拶をしなさ~い!」

と、またまた叱られ ・・・

「お茶を飲むときに、ズーズー音を立てな~い!」

と、またまたまた叱られ ・・・

そして ・・・

恐怖のお説教が、始まります

 

 

 躾糸婆さんのお説教は、長~いのです。

延延と続きます。

すると ・・・

 

 

 ジン ジン  ジン ジン

嫌な予感がします。

 ジン ジン  ジン ジン

少しずつ、感覚が無くなって行きます。

 ジン ジン  ジン ジン

もう、止められません。

 ジン ジン  ジン ジン

シビレお化けのジンジンです。

 

 ジンジンは、悪戯が大好き!

ミロロ達が困っているのを見ると ・・・ 

そーっと現れ、足を隠してしまいます。

そして、くすぐるのです。

 

 

 コチョ コチョ  コチョ  コチョ

足が、ボワンボワンします。

 コチョ コチョ  コチョ コチョ

グググ~ ・・・必死で耐えます。

 コチョ コチョ  コチョ コチョ

横を見ると、マチバも苦しそうに耐えています。

 コチョ コチョ  コチョ コチョ

サミーも、真っ赤な顔をして苦しそうです。

ヌッキーも、歯を食いしばって必死で耐えています。

 

 そして ・・・

我慢できずに、ひっくり返って座布団から転がり落ちます。

アハハハ ・・・

ジンジンは、ケラケラ笑って飛び跳ねています。

 

 すると ・・・

「正座もできないのか~~い!」

と、またも ・・・

躾糸婆さんに、 叱られるのです。

トホホ ・・・

 

 

 おとうふ山の奥深い所に、剣谷があります。

大木の森林に囲まれた渓谷は ・・・

底が深く、鋭い岩肌が現れ恐ろしい姿をしています。

だから ・・・

滅多に人の姿を見かける事はありませんでした。

 

 

 刃物一族のまさかり頭領は ・・・

体格も立派で勇敢な、怖い物知らずの大男です。

誰も足を踏み入れる事のない剣谷へ

時々、大木の伐採にやって来るのです。 

 

 

 

 この日も ・・・

 

お餅つき用の臼と杵を作ろうと思い

太い大きな木を探しに来ました。

 

「おーっ! これは太くて良い木だ!」

大きな大きな木を見上げて、嬉しそうです。

そして ・・・

 

 

 コーン コーン  コーン コーン

大木の根元に、まさかり頭領の ・・・

立派なまさかりが打ち込まれます。

 コーン コーン  コーン コーン

「ヨイショー! ソ~レ! ヨイショー!」

 コーン コーン  コーン コーン

一生懸命、まさかりを振り下ろします。

 コーン コーン  コーン コーン

「これは、太くて大変だー! ソ~レ! ヨイショー」

すると ・・・

 

[イテッ!」

どこかから、声がします。

「イテテッ!!」

まさかり頭領は、辺りをキョロキョロします。

「お~い!」

頭上から、呼ぶ声がします。

「痛いじゃ~な~い~かぁ~ ・・・!」

低い大きな声が、剣谷一面に響きます。

 

「うわぁーっ! 何だーっ!」 

まさかり頭領は、びっくりして見上げます。

すると ・・・

伐採しようとしていた大きな木が、顔を歪めて睨んでいます。

頭領は、口を開けたまま動けずにパクパクしています。

 

 そして ・・・

 太い幹がユサユサ揺れ ・・・

枝に残っていた枯れ葉がいっせいに落ち ・・・

頭領は、枯れ葉の山に埋もれてしまいました。

「それで ・・・? しっぽを巻いて逃げて来たのかい?」

お糸婆さんが、茶々を入れます。

「違うわ~い! 婆さん! ここからが、仰天なんだ!」

まさかり頭領が、大きな声で叫びます。

 まさかり頭領は、必死で枯れ葉をかき分け顔を出すと ・・・

 

 キラ キラ  キラ キラ

「おーっ?」

 キラ キラ  キラ キラ

目の前が、キラキラ輝いています。

 キラ キラ  キラ キラ

「何だー?」

頭領は、自分の目がおかしくなったのかと思い目をパチパチさせます。

 キラ キラ  キラ キラ

「うんーっ?」

よーく目を凝らして見ると ・・・

何かが、あちこち動き回っているのです。

速過ぎて、何が起こっているのか分かりません。

 

 ただ ・・・

キラキラが通り過ぎると ・・・

今まで枯れていた草木が、みるみるうちに息吹き

青々と蘇るのです。

 

 頭領はこれには、びっくり!

大きな目玉と口を開けたまま、キョロキョロしていると ・・・

 

 

 キラ キラ  キラ キラ

キラキラが、目の前に ・・・

 キラ キラ  キラ キラ

「おっ?」

 キラ キラ  キラ キラ

ボッコ~ン !!

 キラ キラ  キラ キラ

「痛てーっ!」

キラキラに蹴られてしまいました。

 

 

 

「アハッハッ ・・・! 間抜けな男じゃ~っ!」

躾糸婆さんが、大きな笑い声をあげます。

「そう言うなよ、婆さん! 突然目の前にいたんだ!」

 

「逃げられなかったのね?きっと ・・・フフフ」

 まさかり頭領の、大きなたんこぶを氷で冷やしながら ・・・

ぽっくり姉さんも、心配しながらもつい笑ってしまいます。

「そう、そう、そうなんだーっ! ハッハッハッ」

頭領は空威張りをします。

 

 そして ・・・

懐からボロボロの古~い御札を出しました。

「長老! これを見てくれ!」

 

 右座衛門は、御札を受け取ると ・・・

「おう? これは ・・・?」

びっくりして、佐左衛門を見ます。

 

 佐左衛門も ・・・

「やや! これは ・・・ 大変なことじゃ ・・・!」

右座衛門と顔を見合わせて ・・・

目を大きく見開きました。

 

 

 

 

 

 頭領は、蹴られたおでこを擦りながら ・・・

「痛ててて ・・・何なんだーっ!」

辺りをキョロキョロします。

 

 しかし ・・・

さっきまで動き回っていたキラキラは、どこにも見当たりませんでした。

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

代わりに ・・・

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

どこかから ・・・

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

古~いボロボロの御札が ・・・舞って来て ・・・

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

頭領の広~いおでこの大きなたんこぶに、張り付きました。

 

 

 

 

その頃 ・・・

ご機嫌で温泉につかっていた、ものさし爺さんたちは ・・・

 

 ブル ブル  ブル ブル

六べえが、長~い首を伸ばして、震えながら ・・・

 ブル ブル  ブル ブル

「たた助け・・・けけて・・てて・・・」

 

 ガチ ガチ  ガチ ガチ

ノッペが、口がないのに、歯をガチガチさせて ・・・

 ガチ ガチ  ガチ ガチ

「ささ寒・・・ううい・・・いい・・・」

 

 カチ コチ  カチ コチ

寒さが苦手なシッケは、カチコチに固まり ・・・

 カチ コチ  カチ コチ

アマモーリも、完全に凍りついています。

 

 

「チョクチョクー! 早く助けてくれ~・・・!」

ものさし爺さんが、叫んでいます。

 

「マール~・・・! 何とかしてくれ~ ・・・!」

巻尺爺さんの、悲痛な声も聞こえます。

 

 

 酒盛りで、ご機嫌だった爺さんたちは ・・・

突然に、温泉が凍りつき ・・・

氷に閉じ込められてしまったのです。

 

 

「何か ・・・変な露天風呂だと思ったんだよ ・・・!」

そう言うと ・・・

チョクチョクは、急いでピッピを呼びに行きました。

 

 

十二話 ものさし爺さんの涙と季節外れの百合の花 へ・・・

                               続く・・・