厄病神の閻魔帳と貧乏神のお財布

花の牢獄(その弐)

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 男は、腰を下ろして風景を見ていた。

 

 どこまでも続く ・・・

綺麗な花の草原を ・・・

 

 しかし、あることに気がついた。

風が、吹いていない ・・・

 

 広い花の草原は、動きがなかった。

立ち上がって、真っ直ぐに歩いてみることにした。

 

 不思議なことに、気がついた。

どこまで歩いても、景色は変わらなかった。

 

 男は、あきらめて腰を下ろした。

また、広大な花の草原をじーっとみつめた。

 

 そして ・・・

記憶のない頭の中で、分かることを考えてみた。

 

 息は、している。 空気は、ある。

生きて行くうえで一番大事なことだ。

 

 水と食べ物がない。

しかし、お腹も空かないし、喉の渇きもない。

 

 おかしい ・・・?

自分が、長い時間何も口に入れてないことに気がついた。

 

 

 

 

 

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 パラ パラ  パラ パラ 

 

闇の国の不気味な塔の奥深くにある ・・・

 

 パラ パラ  パラ パラ

 

長~く暗~い廊下の先の ・・・

 

 パラ パラ  パラ パラ

 

重~い扉の部屋の中から ・・・

 

 パラ パラ  パラ パラ

 

帳面をめくる音が、聞こえてきます。

 

 

 

「陽炎! 何を調べている ・・・?」

湿った重い声が、尋ねます。

 

「前から気になっていたことが、現れ始めている!」

 

 

 陽炎の前には ・・・

豪華な彫刻で彫られた大きな机があり、

机の上には、とても一人では持てそうもない

分厚い大きな本のような物が乗っていました。

 

 その本のような物は、陽炎が触っていないのに

パラパラとページが捲られていきます。

まるで、調べている相手の意図がわかるかのように ・・・

 

 しばらくすると ・・・

その本のような物は動きを止めて、あるページを開きました。

陽炎は、そのページを見つめたままじーっとしています。 

 

 すると ・・・

モヤモヤとした黒い影が、陽炎に近寄ります。

 

「心配ごとは ・・・? 金の光のことか ・・・?」

黒い影が、話しかけます。

 

「もちろん! 闇の国に語り継がれている伝説だから ・・・」

陽炎は、黒い影を見ます。

 

「しかし ・・・思っていたのと、ちょっと違う ・・・」

 

「どう違うんだ ・・・?」

 

「閻魔帳には、おとうふ山が金の光を放つ時 ・・・

 幻の国と呼ばれている光の国に住んでいる、この世のものとは

 思われない程の美しい光の精が現れると、書いてある ・・・」

 

「違ったのか ・・・?」

 

 陽炎は、黒い影を見て首を傾げます。

 

「ふふふ ・・・ 世の中には不思議はつきものだ。」

 

 黒い影は、陽炎の首を傾げる様子を見て ・・・

思い出したように ・・・

 

「少し前に不思議な少年に逢った ・・・」

そう言うと、黒い影がモヤモヤと膨らみ始めました。

 

 

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

 

黒い影が、部屋中に広がります。

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

 

陽炎は、じーっと様子を伺います。

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

 

しばらくすると、黒い影の中心に ・・・

 

 モヤ モヤ  モヤ モヤ

 

風に揺れている、卯の花草原が現れました。

 

 そして ・・・

草原の中を、金の光が走って来るのが見えました。

 

 

 

 

 

 ゴト ガタ  ゴト ガタ

 

貧乏神の部屋からも ・・・

 

 ゴト ガタ  ゴト ガタ

 

騒がしい音が、聞こえてきます。

 

 ゴト ガタ  ゴト ガタ

 

「やっぱり ・・・ないなぁ~ ・・・」

 

 ゴト ガタ  ゴト ガタ

 

何かを探している声が、聞こえてきます。

 

 

「そんなに大事な物なの ・・・?」

 

 寅丸が、部屋の隅に置いてある、色あせてボロボロに綻び欠けているソファーに座って

貧乏神に声をかけます。

 

「もちろん! わしの分身みたいなもんじゃ!」

貧乏神が、ソファーの下を覗きながら答えます。

 

「分身? 何を無くしたの ・・・?」

意味が分からず、寅丸が聞きます。

 

「お財布じゃ!」

貧乏神が、ソファーの下に潜って答えます。

 

「えっ! お財布が分身なの ・・・?」

驚いて聞き直します。

 

「そうじゃ。そのお財布は、福を食べて成長するんじゃ!

 気に入った家があると勝手に住み着いて、

 その家の福を全部食べてしまうんじゃよ!」

貧乏神が、ソファーから顔を出して言いました。

 

「そんなに大事な物をなくしたの ・・・?」

と、言いながら寅丸は ・・・

貧乏神の顔を見て、びっくり!

 

「どうしたの? その顔!」

信じられないという顔をして聞きます。

 

 さっきまで、しわしわの顔をしていた貧乏神が、

つるつるの肌の顔になっていたのです。

 

 ボロボロだった衣が、美しい絹の衣に変わり ・・・

貧弱だったご老体が、たくましい青年の体に変わっていきます。

 

 寅丸の座っていたボロボロで色あせていたソファーも、

みるみる内に豪華な刺繍で飾られたピカピカのソファーに変わっていました。  

 

 

「これは、早く探さないと大変じゃーっ!

   福を食べまくっている!」

貧乏神が、慌てて叫びます。

 

「この部屋にはないってこと ・・・?」

ボロボロで色あせていた部屋が、ピカピカの部屋に

変わって行くのに驚きながら、寅丸がキョロキョロして聞きます。

 

「そうじゃ! 多分この間、散歩に出かかたときに ・・・」

 

「えっ! 散歩に出かけるの? やめてよ、物騒な ・・・」

 

「これこれ、わしとて散歩ぐらいはするわい!

 その時に、きっと ・・・気に入った家を見つけたんじゃ!」

 

 

 

 

 

 

 ソヨ ソヨ  ソヨ ソヨ

 

爽やかなそよ風が ・・・

 

 ソヨ ソヨ  ソヨ ソヨ

 

柔らかな日差しを浴びて ・・・ 

 

 ソヨ ソヨ  ソヨ ソヨ

 

赤く染まり始めた、おとうふ山の上空を ・・・

 

 ソヨ ソヨ  ソヨ ソヨ

 

何かを探している用に、くるくると旋回しています。

 

 

 

 

「どうして ・・・? こんな事になるんだ!」

声の妖精ボイスの、困ったような声が聞こえてきます。

 

「知らないよ! 闇の扉の入り口にいたんだ!」

北風大王の子分のスッキー魔の声も聞こえます。

 

 

 

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スッキー魔は、先の黒霧ブラックボールとの戦いで

エネルギーを使い切り、くたくたに疲れ切っていたので

しばらくの間、闇の国で体力が回復するのを待っていました。

 

 

「そろそろ戻ったかな ・・・」

手足をクルクルさせると、一気に闇の扉へ向かいます。

 

「とんだ長居をしちゃったよー! 早く帰ろーっと!」

そう言って、闇の扉を開けて抜けようとした瞬間!

 

「きゃーっ!」

 

甲高い悲鳴が ・・・

 

「リリー!」

 

耳を突き刺すような悲鳴が ・・・

 

「助けてーっ!」

 

自分と入れ替わるように ・・・

 

「ココー ・・・!」

 

闇の国の黒く渦巻いた入り口へ向かって、落ちて行きました。

 

 

 

 

「うわーっ! 何だーっ!」

スッキー魔は、とっさに手を伸ばし

そよ風の妖精のココだけは、助けることができました。

しかし、花の妖精のリリは助けられませんでした。

 

 光の国の風の妖精は、危機が迫ると自然に防御反応が起こり

自由自在に変化する体が、分解されるのです。

スッキー魔は、その一つを掴むことができたのです。

 

 

 そして、たまたま近くで、おとうふ山の平和を守るために

訓練をしていた、出来立てホヤホヤのぼっくり隊が、

コトコトコト ・・・ と

リリと一緒に黒い渦に巻き込まれて、落ちて行くのが見えました。

 

「あらら ・・・」

そして、闇の扉は煙のように消えて無くなりました。

 

 

「またかよーっ! とんだ災難だーっ!」

スッキー魔は、手のひらを開いて自分の掴んだものを見ました。

 

 すると ・・・

透明だった手のひらのものが、光を放ち始めました。

そして、空中に浮かび上がり、ますます輝きが増すと

散らばっていた光が集まり始めました。

 

 スッキー魔は ・・・

また、今までに感じたことのない魔法の風に包まれます。

 

「あっ! この風 ・・・」

不思議な感覚にとらわれていると ・・・

目の前の光が、少女の姿に変わり始めました。

 

透き通るような肌の可愛らしい光の少女です。

恥ずかしそうにうつむき加減で、優しそに微笑んでいます。

 

 だんだん姿が、はっきりしてきます。

スッキー魔は、光の少女に目を奪われます。

こんなに近くで、光の国の妖精を見るのは初めてなのです。

 

 光の少女の珊瑚色の花の蕾のような ・・・

可愛らしい唇が動きました。

ほかーんとして、心ここに非ずのスッキー魔に ・・・

 

「落ちちゃったわ!」

 

「えっ!?」

驚いているスッキー魔に ・・・

 

「なんて事してくれるのよ!」

 

「ん?」

威勢のいい声が ・・・聞えてきました。

 

 

見かけとは性格が、ちょっと違うようだと ・・・ 気がつきました。

 

 

 

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 おとうふ山が ・・・

秋の涼しい風に包まれて、黄金色に染まり始める頃 ・・・

お裁縫箱の国は、一年で一番美しい季節を迎えます。

そして、同じくして一番忙しい季節でもあるのです。

 

 木々が彩り、田んぼは、稲穂が風に揺られてキラキラと輝き、

畑は、収穫間際の熟した野菜たちが秋の柔らかな日差しを浴びて元気いっぱいです。

 

 おとうふ山の麓に広がる糸一族の綿畑でも ・・・

茶色の殻を破って誰が一番早く抜け出すか綿ん子達が競い合い、

勝手気ままな大運動会が始まります。

 

 ポーン と ・・・

高く飛んだり ・・・

 

 ポポーン と ・・・

遠くへ飛び出したり ・・・

 

ポポポーン と ・・・

力強良く投げ合ったりと ・・・

 

綿ん子達は、自由になって大はしゃぎです。

ふわふわの綿のじゅうたんが、優しい日差しに見守られて

キラキラ輝きながら、おとうふ山の麓いっぱいに広がって行きます。

 

 

 その綿ん子達が、勢い余ってお裁縫箱の国中に舞って行きます。

もちろん、ものさし爺さんの自慢の真っ直ぐ畑にも、毎年飛んで来ます。

 

 真っ直ぐお化けのチョクチョクは ・・・

綿ん子を見つけると追い掛け回し、引っ張っては細長く伸ばしてしまいます。

そして、糸一族の躾糸婆さんに ・・・

 

「こらーっ! 悪戯するんじゃなーい!」

と、いつも後から見つかって大目玉を食らいます。

毎年の行事のように ・・・

 

 

 ものさし爺さんの自慢の真っ直ぐ畑で取れる野菜も、

真っ直ぐにピーンと伸びて曲がらないので、カットしやすいと

毎年、好評なのです。

 

 

 しかし、今年は ・・・

ものさし爺さんの自慢の、真っ直ぐ畑の真っ直ぐ野菜の姿が見えません。

 

 綿ん子達も ・・・

あれ~?と、顔を傾げて飛んで行きます。

 

 真っ直ぐ畑に植えた野菜は、すべて萎れて枯れてしまいました。

今年のものさし爺さんの畑は ・・・

寸分の違いもない真っ直ぐに伸びた畝(うね)だけが ・・・

秋の訪れを静かに迎えようとしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

二十一話

 

厄病神の閻魔帳と貧乏神のお財布

 

      (花の牢獄 その参) へ続く ・・・